僕はすでに愛されていた

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僕は、欠点だらけで

何かを成し遂げなければ、愛されないと思っていた。

 

みんなが出来ていることが出来ない。

 

周りには「頑張ってるね」って言われるけど

ただ「このままではいけない」って思うから、動きまくっているだけ。

 

だから、上手く行きそうになると

途端に手が止まってしまう。

 

でも頭の中で

「このままじゃいけない」って思うから

「考えることで何とかしよう」としていた。

 

考えるのは自由だから。

本を読むのもそれほど苦労しないから。

 

多くの人生哲学書を読んで、ビジネス書を読んで

「こうすれば上手く行く」という法則を学べば

 

「いつか」「自然に」「報われる」と思っていた。

 

でも、上手く行きそうになると

途端に手が止まる。動きたくなくなる。

 

ちょっと動いてみては止まって

また違う本を読み、違うセミナーに行き。

 

お金と時間がどんどん無くなって行く。

 

ビジネスで成功している人は

「覚悟が足りないんだ。覚悟を決めれば何としてでもやろうとするから」と

当たり前のことを言う。

 

「どうして変わろうとしているのに変われないのか?動けないのか?」

ということに対して答えてくれた人はいない。

 

「お前のやる気が無いだけ」と言われるだけ。

 

僕は学生時代、定期テストの2週間前から勉強を始めていた。

周りの人にそう言うと「真面目だね!すごいね!」と言われた。

 

でも、僕はただ焦っていただけだった。

 

「このままだと自分は何も出来ない。

だから、みんなよりも先に動かないといけない」

 

そんな強迫観念に突き動かされ、勉強を始める。

 

でも、テストの直前になるとエネルギー切れを起こし、勉強時間が激減する。

 

そして、テスト当日は

「あぁ…あそこを見ておけば良かったな…」と後悔する事ばかり。

 

周りの友達は違った。

普段は遊んでいて、テスト週間が近づいてくると

 

「やべー、テストだ!嫌だなー」

と言って、テストの日に照準を合わせて勉強をする。

 

そして、テストが終わると

「やったー、終わった!」と開放感に満ち溢れ

部活や遊びに意識を向けて行く。

 

僕は違った。

 

テストが終わったその日に

「どうして僕はもっとちゃんと最後までやらなかったんだ」

と自分を責め、テストが終わったその日に図書館に行き

次の試験範囲の勉強を始めるのだ。

 

その繰り返し。

定期テストはテストの日に向かって勉強できたためしがない。

もちろん大学受験も同じ。

 

こんなので、受験が上手く行くわけがないよね。

 

こんなのは僕だけかと思っていた。

 

でも、今になって

自分の気持ちを押さえつけて生きてきたがゆえに

・自分が何を考えているのか?

・自分は何をしたいのか?

ということが分からなくなってしまった人が結構いる、ということを知った。

 

僕は今でもそういう傾向がある。

 

表面的には「努力」出来る。

でもそれは本心ではないから、すぐに力尽きる。

 

やりたいのに、やりたくない。

そんなの、おかしいのに。やりたいはずなのに。

 

でもそれは、本当に、心の底から

「やりたい」と思っていないのかもしれないのだ。

 

上手く行っちゃ、困るんだ。

成功しちゃ、困る自分がいるんだ。

 

たくさんのお金が手に入ったら?

多くの人が僕のことを知って、人気者になったら?

 

みんなが、僕の至らない部分を見つけて、がっかりするかもしれない。

アンチが現れて、僕のことをめちゃくちゃにけなすかもしれない。

 

それなら、今の方がいい。

頑張っているように見せかけて、今の状態を続けていれば

「のりにぃは頑張ってるね!すごいね!」と言ってもらえるから。

 

ずっとその過程でいたい。

成功してしまったら、その経験はもう出来ないし

「可愛そうな自分」でいられなくなってしまうから。

 

「のりにぃはやっぱり何でも出来るんだね!」と言われるのが怖いから。

 

成功できそうで、成功しようとしていない。

そんな自分でいることによって、得られるものがあるから

僕はここから動こうとしないのだ。

 

そんな自分を認めたくなくて

僕は「頑張っている」自分で「い続けている」のだと思う。

 

こんな情けない自分に、氣が付いた。

いや、気付いていたけど、表に出さなかっただけなのかもしれない。

 

起業家からすると

「何甘えたことを言ってるんだ」

と言われるかもしれない。

 

でも、そうなんだからしょうがない。

 

僕は動くのが怖いんだ。

変わるのが怖いんだ。

今のままでいた方がいいと思っているんだ。

 

それはどうしてなんだろう?

自信が無いから?

 

どうして自信が無くなったんだろう?

いつから自信が無くなったんだろう?

 

僕はいつも

「このままでいてはいけない」

と思っている。

 

一分一秒を

「成長のために使わなければいけない」

と思っている。

 

「使いたい」ではなく「使わなければならない」。

この2つは大きく違う。

 

どうしてそう思うんだろう?

それは「今のままの自分でいては、存在価値が無いから」

 

自分は、何もしないで

ただ息をしてご飯を食べて寝るだけでは

存在している価値がないから。

 

ただ生きているだけだと能力は衰えていくだけ。

能力が落ちないように、維持し続けないといけない。

そうしないと…独りぼっちになる。

 

毎日、自分を変えようと努力し

「素晴らしい」と言われる存在でいないと

いつかみんなに見放されてしまう。

 

…みんなって誰?

友達、家族、親…?

 

誰か、そんなことを一言でも言っただろうか?

 

僕は今、毎日努力できている?

ギターを練習している?英語を勉強している?

体力を維持している?読書をしている?

 

してないよね?

 

だったら僕の存在価値、ないよね?

うん、そうだよね。

 

「周りのみんな」は、頑張ってるけど

僕は、サボってるもんね。

 

みんな、いつか呆れて僕から離れて行くんだ。

そして僕は独りぼっちになるんだ。

 

だから僕は、生きている価値がない。

でも、死ぬ勇気も無いから、ただ生きているだけ。

 

ただ、毎日、淡々と。

恥を晒しながら、生きている。

 

 

でも…

 

 

そんな僕と接することによって

「あなたに会えて良かった」と言ってくれる人がいる。

 

「あなたに会って救われた」

そう言ってくれる人がいる。

 

どうして?

僕は毎日サボって生きているダメなヤツなのに。

 

僕が「ダメ」と思っていても

「羨ましい」と言う人もいる。

 

理解が出来ない。

あなただって、僕から見たら羨ましいのに。

どうして、こんな僕を褒めるの?

 

でも…

 

もし逆の立場なら

僕は相手のことを「会って救われた」「羨ましい」と言うと思う。

 

相手に「理解が出来ない」と言われても、言うと思う。

 

何なんだろう、これ?

 

僕が「ダメ」だと思っていても。

相手はその僕の状態、行動、考え、言葉、全てを見て

それでも一緒に居てくれる。

 

「何かをした」わけじゃない。

だけど、それでも見捨てずに居てくれる。

 

離れて行った人もいた。

でもそれは、仕方がないことなんだろう。

 

今、僕の周りにいてくれる人は

一緒に話したり、ご飯を食べに行ったりしてくれる。

 

そんな人たちは

僕が「何かが出来るから」一緒に居るのだろうか?

 

そんな損得だけじゃ、いられないよね。

 

きっと、僕そのものを見てくれているのだと思う。

 

それって、どうして?

 

うまく言葉に出来ないけど。

 

それが

ってものなんじゃないかな。

 

見返りを求めるのではなく

ただ「そうしたい」から、「そうする」。

 

僕はいつの間にかそんな人に囲まれていた。

 

 

それって…愛されてるってこと?

 

 

僕は、何もしなくても、出来なくても、愛されてた?

 

 

僕は、最初から、愛されてた?

 

何かが出来れば愛される、のではなくて

自分が欠点だらけだと思っていた自分を

周りのみんなはそのままを見てくれていた?

 

僕は、何者にもならなくてもいいの?

僕は、僕のままでいいの?

 

それでも、いいの?

 

僕、努力しないよ?

ギターだって、英語だって、読書だって

するか、しないか、わからないよ?

 

みんなが見てないところでゴロゴロだってしてるし

睡眠時間だって上手くコントロールできてないし。

 

お金の管理ヘタだし、いつまでたっても同じことしてるし…

 

それでも、ここまで生きて来た。

それでも、隣に居てくれる人がいる。

 

自分を貶めようとしたことは無い。

ただ「もっと向上できたはずなのに」という想いが、自分を苦しめていただけ。

 

だったらもう、「向上させようとすること」はやめようか。

「したいことをそのまましてる」ようにしようか。

 

だって、しても、しなくても。

 

僕は最初から愛されてたんだから。

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  1. 2017 01.12

    北風と太陽

    • 黒澤眞知子
    • 2017年 1月11日

    おはようございます。
    最初の文で鮮やかに母との光景がうかびました。
    最後に書かれた、、、
    なにも母を満足させる事ができないわたしの、たったひとつの自分への励みは、向上心であったことを思いだしました。

    わたしにはひとりぼっち、という思いがいつもあります。
    誰も理解してくれない。
    理解してくれたとしても、わたしのそばにはいない。

    ぴったり寄り添ってくれる存在が欲しいのだと思います。

    • 黒澤さん、コメントありがとうございます。

      「たったひとつの自分への励みは、向上心」

      これ、とてもよく分かります。

      僕も、その「ぴったり寄り添ってくれる存在」に見つけてもらうために
      この文章を書いたのだと思っています。

      見つけてくれればいいな^^

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