のりにぃの自分史 浪人時代

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そのまま、河合塾名古屋校に入学した僕。

 

もう、あんな白い目で見てくるクラスメイトはいない!

これからは思う存分勉強できるんだ!

 

そんな気持ちで、意気揚々と浪人生活をスタートさせた。

 

春は、まだ良かった。

 

一度受験生を経験している僕。

大学受験の範囲は一通り勉強していたから、授業も楽だった。

 

なら、4月からスタートダッシュしてしまえばいい!

やたらペースを上げて行った。

 

これは、今でも僕の根幹にあるものなんだけど

 

今のままでいてはいけない。

常に成長していないと堕落してしまう。

僕は、常に人より劣っている。

成長し続けないと、生きている価値が無い。

休んでいてはいけない。

前に、前に、進まないと…

 

常に、そんな切迫感に常に追われていた。

 

父親の圧迫感に押されながら成長していった僕は

「自分の気持ちを感じる」ことに麻痺していた。

 

今、自分はどう感じてる?

今、自分は何をしたい?

 

ほとんどの人が幼少期に経験するであろう感情を

20歳を過ぎても分からずにいた。

 

だからいつも

頑張りすぎるか

サボりすぎるか

どちらか極端になっていた。

 

中学高校の時も

テスト2週間前から勉強を始めて

テスト3日前にエネルギーが尽きてしまって

 

結果、テストに全力が出せずに

テストが終わったその日に後悔して、すぐ勉強を始める…という

普通の子と逆の行動をとっていた。

 

普通の子は

テスト週間になったら「やばい!」と勉強を始めて

テスト前日に追い込みをかけて

テストが終わったら「終わった~!やった~!」と

思い切り遊びに行くものだと思う。

 

思えば、その頃から何か変だったんだよな…

 

浪人時代の受験勉強もしかり。

 

4月はスタートダッシュするものの

6月くらいから段々とエネルギーが無くなって来て

夏期講習になったら、机に向かうことが出来なくなっていった。

 

机に座って勉強しようとすると

腰に激痛が走るようになってしまったのだ。

 

別に、変な姿勢で勉強していたわけではない。

ひねった訳でもない。

 

「これは、勉強なんか無理だ!」と

勉強を諦めて帰ろうとすると

帰りの電車の中でケロっと治ってしまうのだ。

 

学校に行こうとすると

お腹が痛くなる登校拒否児と同じだ。

 

僕は、心の底から勉強することを拒否していたようだった。

 

でも、浪人までさせてもらっているのに、遊んでいるわけにはいかない。

でも、机に座ると腰に激痛が走る…

すごいジレンマだった。

 

テレビは観られる。ゲームも出来る。

でも、勉強は出来ない…

 

自分は、何をしたいんだろう?

そんな自問自答が続いた。

 

受験生なのに、ゲームをしている僕を

母親は温かく見守ってくれた。

 

本心は、辛かっただろう。

でも「息子は勉強したくても出来ないんだ」と信じてくれたのだと思う。

 

父親は、どう思ってたのだろう…分からない。

 

そして、秋ごろにになったら

高校に浪人生活の報告に行くことになっていた。

同級生に会いたくは無かったけど、行ってきた。

 

その時に、学年主任の先生に僕の気持ちを全部話したら

 

「学生時代にいろいろ気付いてしまうと辛いんだよな。お前は出家した方がいいかもしれん」

と、坊主になることを勧められた(苦笑)

 

それはやんわりと断ったのだけど、その先生は

「2浪はするな。家と予備校の往復になるだけで成績も上がらず、時間の無駄になる」

とアドバイスをしてくれた。

 

浪人時代も当然のことながら全く成績が上がらなかった僕は

僕はそのアドバイスに素直に従い

全然興味の無い、行くはずのなかった私立大学の法学部に

入学することになるのだった

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    • ペパーミント
    • 2014年 11月3日

    お久しぶりですね。のりにぃさんの 現在と 学生の頃を読ませていただいて 率直な感想ですが、本当によく頑張ってこられたんだなぁと感心しました。私も実は 心療内科に通ってたことがあったので、周りの人の見る目が変わった!というのは感じました。 心療内科ですらそうだと思いますから、精神科だと、もっと偏見があるかもしれませんね。そして この手の医者は いい先生もいらっしゃるのですが、「やる気あるのか?デモシカ心療内科 精神科医」みたいな先生もいらっしゃる。ってのも分かります。そして 高校生くらいの しかも進学校に通う子供たちというのは ある意味=成績のいい子=自分のことだけをやってきた子=自分のことだけを頑張る子 という図式が見えてきますが、だから成績が良かったのだとも思えます。ですから、冷たい人が多いかもしれませんね。ましてや高校生くらいの年齢だと、失礼だけれども 自分たちと違う事をやっている子に対して 仲間はずれにするというか、虐めてやるという様な、そういう感覚で出てくるのも事実だと思われます。大人から見ていると、 弱者に対して、とても残酷なのですが、しかしこれは この地球では 大人でも弱者に対して、偏見や虐めが横行していると思われますので、結局は のりにぃさんじゃあないのだけれど、アセンション前の 悲しいかな、当り前の人類のレベルなのだろうと思われます。しかしそれに めげずに、ちゃんと浪人されて、法学部に合格なさったのですから、ご立派ですよ。のりにぃさんが、お顔を出されてがんばっておられる記事のときに、応援のコメントを書かせていただこうかな?とも思いましたが、ミーハーみたいで恥ずかしいから、止めました。
    本当に 格好いいハンサムさんなのですね!いいではありませんか? ちょっぴり神経が過敏であられても・・
    神様は あなたょをハンサムさんにして下さったのですから、お徳なことだと思います。まだまだ、生きていても
    この地球では、今の段階では、ゾッとする様なことが多々あるとは思われますが、この高校生のときに乗り越えられた ご自分があるではないですか? それに努力家であられるし、何よりもハンサムさんですから 何かと 得されることが多いと思われますよ。英語のレッスンの先生も頑張ってくださいね!応援していますよ!
    皆さんと組んで 塾でも経営されてはどうですか? まぁ これも余計なおせっかいかもわかりませんけれど。
    では また 寄らせていただきますね。

      • のりにぃ21
      • 2014年 11月6日

      ペパーミントさん、いつもコメントありがとうございます!

      振り返れば結構大変な人生だったと思います。
      今は大分緩和されましたが、もう一度同じ経験をするのは…イヤですね。

      成績が良い子は、冷たい人が多い…そうかもしれないです。
      「自分のことは自分でやるべし」って感じですね。

      そして、言われるとおり中学高校生くらいの頃って
      「からかう」「いじめる」ってのが結構当たり前のようにあるし
      「自分と違うもの」を排除しようとする傾向があると思います。

      実は、法学部の後にまだ続きがあるのですが、それはまたの機会に…
      そこの大学は全く勉強なんかしなくても受かってしまう大学だったのです。

      「ハンサム」と言ってくださって、ありがとうございます。光栄です^^

      もう少し、行きにくい地球が続いていくでしょうね。
      でも、あともう少しだと感じています。

      「塾を経営する」という案は、実は前から出ていたのです。
      しかし、その塾が「学校の勉強を教える」塾になるとは限らないのです。

      そこの構想がしっかり固まれば
      塾に留まらず、学校・大学を作ってみたいと思っています。

      とりあえず、来年からの動き方をしっかり決めることが先決だと思っています。

      いつも、ありがとうございます。
      これからもよろしくお願いしますね^^

    • ペパーミント
    • 2014年 11月9日

    >でも、あともう少しだと感じています。
    本当にそうですね。あともう少しの辛抱かもしれませんね。何か2極化が進行している様に感じています。
    それは、その方の感受性というか精神性というか、家族であろうと、その方の精神の部分を変えることは
    できませんよね。その方の気づきとか、悟りとかいうものだと思っています。

    >しかし、その塾が「学校の勉強を教える」塾になるとは限らないのです。そこの構想がしっかり固まれば塾に留まらず、学校・大学を作ってみたいと思っています。
    とても素晴らしいお考えですね。学校のお勉強だけではなく 如何に生きていくかという様な生活や生命の根幹となるような教育、そこには新しい時代のスピリチュアりティーの要素があり、自然と順応して行ける様な感性が養われ、ガーデニングなどを通じて自然に触れられ、美意識が高まり、学園生活という小さな社会モデルの中で、人を思いやる心や人の幸せが祈れる事ができる心が育まれ、豊かな自然環境の下で、美しいものに感動する心、自然を尊び、自然に順応する心が養われるような 新しい地球にピッタリとフィットする、そんな教育の場ができ、広がっていけばいいですね。 頑張ってくださいね!
    又 寄らせていただきますね。

    • ひな
    • 2015年 4月13日

    はじめまして、のりにぃ様の自分史拝読しました。私はゆがみちゃんツイッターからきました。
    安直な慰めとかではなく、当時無理解だった同窓の方達も過酷な社会に出て試練に揉まれたら、本当の優しさを身につける時があるかもしれませんね…。
    私もACで、高校の時神経症になりました。本当にわかりやすく自殺衝動とかありました。
    健全家庭育ちの方には、わからないものがアダルトチルドレンにはたくさんありますね。

    • ひなさん

      コメントどうもありがとうございます。
      ゆがみちゃんのツイートを見ていてくれた方がいらっしゃったとは…!

      強迫神経症は、状態と内容だけを見ると
      「頭がおかしい」と認知されても仕方が無いのでしょうね。
      僕も、もし経験が無かったらそう思っていたかもしれないですし…

      ひなさんもなんですね。大変でしたね…
      本当に、そうですね。これはなってみないと辛さが分からないです。

      僕は自殺を「したい」と思ったことは無いですが
      「死に吸い込まれてしまいそうになった」ことはあります。

      必死に理性が止めてくれましたが
      あの時、初めて「自殺をする人の気持ち」が分かりました。

    • Toshi Koenig
    • 2016年 8月2日

    こんにちは。いつもFBでお世話になります。
    これ、書くの辛かったでしょうね。いくつか私と重なる部分があり、気持ちが伝わってきました。

    無理して頑張らなくても自然に生きていける社会ならいいのですが、現実はそうもいきません。
    加えて、誰だって自分が人生でこういうことをしてきたんだ、と胸を張って誇りを持てるものが欲しくなります。
    普通に努力して当たり前に結果が出せて、社会から評価される人生は一番いいのかもしれません。
    けれども、そんな人は実は一部に過ぎず、ほとんどの人は努力した分だけがっかりする毎日を過ごし、
    ほんの時々得られる人からの正当な評価や感謝の言葉を支えにして生きているのだと思います。

    慌てず焦らず、マイペースで自分がしたいことを要領よくやっていけたらいいですね。
    応援しています。

    • こちらこそコメントありがとうございます!

      辛かったですが、書き始めると止まらなくなりましたね。
      やはり本音の投稿は心に届くものなんですね。

      確かに「確かなもの」が欲しくなりますよね。
      自分は生きてて良かったんだと思える証拠と言うか。

      僕は自信があるようで無いようで、よく分からない感じですが
      やはり親との関係がキーになっているようです。

      こちらこそよろしくお願いします^^

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